断捨離のシャリシャリ


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。とテレビなんかを見ているとよく見る文句である。書いておくといいらしくとりあえず書いておこうかな。要約するとこれは作り話ですよということだろう。

それにしても世の中というのは曖昧なもので溢れ返っていて、とくに日本には言葉そのものが曖昧に物事を表現するために存在するような言葉というのも存在していて、さらにそこに浪漫とか儚さとか、ノスタルジィなのを求める人々もいたりして、とりわけ過去の偉人でもそういった人々は多く存在し、それはどういう意味なのかねという内容で本が一冊かけるものでもある。

なんせ余韻を楽しむというか、それはあなたの心の中だけにあるものなのよだとか、じわじわと自分がいったい何を書いているのかも分からなくなってきたけれど、とにかくは、そんな不思議で世の中はいっぱいなのだ。不思議でいっぱいな世の中で曖昧さに特化した母国語が染み付いた肉体で生きているのだから日本というのは不思議なことを探求するにはいい国なのかもしれないね。知らんけど。


たまに空を見上げてみると見えるこの一面の青の向こう側に永遠に続く宇宙というものがあるということがなかなかに信じられない。信じられます?
別段、宇宙へ行きたいなという気持ちは持っていないはずだけれど、この青が黒へと変わっていく様というのだけは一度は見てみたいなあと思ったりする。たしか太陽光が大気中のいろいろなものに反射しているが故の青だった気がするから、上昇していく宇宙船からはどんな景色が見えるのだろうかね。

宇宙というのは今でもどんどん広がっているらしく、それも一つの仮説ではあるらしいけれど、もちろんこれを書いている間もこの空間はどんどんと広がっている。そしてこれも仮説なのだけれど、反対に目に見えていないミクロの世界もどんどん広がっていたり、というかこちらは深くなると言ったほうが合っているのかな。宇宙が広がり続けているように、見えない世界もどんどん深くなっている。そんな仮説があってもいいのではないかと思った。知らんけど。

こないだ3年くらい続けた英会話を辞めた話をしたような気がするけれど、エッセイだから思いの丈を感じながら書いてはみているけれど、きっかけなんてものはちっぽけなもので「せっかくカメラを買ったんだからどっかいけばいいじゃん。俺は琵琶湖に行くけどな!(ちょっとだけ意訳)」という言葉にムカついてきて、もしかして隣で言った?とか、なんだか虚しくなってしまって、虚しくなり次第に気持ちが悪くなり、キモいキモいの、もうどうにも止まらないー!という感じで、辞めることを辞められなくなってしまったのであった。
それがきっかけなもんだから起承転結でいうところの起承転結であり、終わりと始まりのプロローグなのである。




こないだ珍しくテレビを見ていたら磯野貴理子さんが24歳年下夫と離婚したとかいうニュースが流れていた。離婚という文字より24歳下という方に目と脳みそがいったもので、「磯野キリコさん24歳下と結婚したんや」と勝手に脳内変換されてしまっていて、もっかい見たら離婚したという文字が頭に入ってきた。どっちにしろ結婚はしているのだから驚きよ。

理由としては「子供が欲しくなったとか。」で、その理由とかってテレビで放送する必要あるのかいなと思いながら、テレビのやりそうなことよねー。などと思ってみたり。
それにしても24歳差っていうのがすごいというかなんというか、だ。

そういえば思い出した話が、磯野キリコとはまったく関係のない話で、自分もそろそろいい年になってきたもので、早い人ならばもう成人するお子さんが居たりしてもまったくおかしくない訳だけれども、飲み会で知り合った子が自分の子供と年齢が同じか近いかそんなだから紹介するぜとか言ったとかなんとかな話を聞いたのだけれど、それって紹介する気があるとかっていうかっていう話じゃなくてお近づきになる口実という風にしか感じられずで若干気持ち悪い。いやだいぶかも。
24歳差だかなんだか知らないけれど、世の中は不思議なことだらけだ。

余談だけれど、そんな紹介するぜな子供同士が将来たまたま出会って仲良くなったりして、逆に親に紹介したときに「あ、あのときの!」なんてことや、働いている会社で「あ、あのときの!」なんてことで影響があったりとか万が一あったら自分だったらショック死しそうだわ。死なんけど。

そんな小説のタネみたいなものにもなるかどうか微妙な話はさておきで、20数年差ってすごいね。
たとえば財産を残したいとかそんな理由ならばまだ理解できるかもしれない。知らんけど。


最近になって感じることは自分の人生の真ん中に自分がいないとその現実って動かないもんだねってことで、たとえば動くところはすぐ動いたりもするのだ。まったくもって上手く説明が出来ないことなのだけれど、今の自分だと説明できないもんでそのうちにはスッキリ説明できるようにもうちょい詰めてやりたいところだが、今のところ断捨離のシャリシャリだから、ミュージカルだとか動物園だとかもシャリシャリで、そのうちサラサラになった頃にはもうちょっと上手くなってるかもしれないところやけど、サラサラなものだからそれはまるでまったく新しい話として脳みそに現れてくるだろうという可能性もあり、安心してサラサラでキラキラしてください。

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