THE 体験という名の英会話スクール 前半


はじまり

英会話スクールにはなんやかんやでだいたい3年くらい通いまして。ぼちぼち暖かくなってきて春も間近に迫ってきた頃のことでした。
そもそものはじまりはIT系のイベントなんかで登壇する海外から来たエンジニアのセッションを翻訳なしで直接聴けるようになりた〜いと思って、英語の勉強を始めたのが最初。
そして数ヶ月が経って自分なりにはそこそこ出来るようになったと思っていたはずが、いざ本番となったとき、それはもうコテンパンに歯が立たなかった(聞き取れなかった)わけでした。自信過剰に万歳。そして色々と調べた結果やっぱり口に出すことをしないとどうにもならんぜという結論に達しました。確かそんな理由だった気がします。
今更ながらですけれど、英語を話せるようになって、それからどうなる?という疑問が残ったけれども、ともかく当時はそれがしたかったのやね〜と、それに尽きるということで。
細かいことは気にしない。
そして100%趣味であるために、まったく急ぐ必要なんてのいうもなかったのですけれども、またいつもの如く熱い気持ちにさらわれたのでした。
これが出てくるとどうにもこうにもで、ちなみにそのときのワクワク感は誕生日を迎える前にどうしても英会話スクールに入会したいというものでした。
今回の話も若干の怖い話が混じるので怖がりの人は気をつけてください。

後の〇〇である

そしてドキドキの初日はあっという間にやってきまして、もうしょっぱなが体験入学なので、いきなり英会話デビューとなります。
その日は担当の講師がA先生というアメリカ人講師で受付がKさんという女性だった。少し先の話になるけれども、最終的にスクールを辞めるきっかけになるのもこのA先生な訳で、なにかしらこの2人が居る日に入学したというのも何らかの縁というものを感じる。
体験入学が終わったあとは即時でフィードバックがあり、こんな進め方でどないですかという話をして、一番初級からスタートすることとなりました。

全てを疑え!!

いきなりですが、通いだしてから半年後くらいでアメリカに語学留学しました。しようぜ!と決めたのは入学から3ヶ月目くらいで、当時のTOEICの点数が300点以下やったし、一見するとかなり無謀に思えるかもしれないけれど、退っ引きならない理由があったのですが、詳しくはまた後の方で書きます。
それでも半年も通えば文法や単語は知らなくても、「英会話」というものに慣れてさえすれば、海外に行ってもなんとかどうにかなるというのは体験からも言えるので、迷ってる人は行ってみるといいと思ったりしますよ。とは言うものの是非ともとは言えないので、安全な英語圏の国でという条件ツキでおすすめです。

わたしの場合は言葉の問題もあったけれど、海外特有というかそんな感じのトラブルに数件遭遇してしまったので、言葉というか直感というか。なんというか。

・ついてくる人1

ステイ先がわりと田舎の方なのもあったのと留学生にしてはおっさんだし、おそらくその辺りでビジネスしていた韓国人だか中国人が、なんか変なのが来たぞと怪しんでつけてきたり調べてきたのかなというのがあった。しばらくするともう接近してくることはなかったのでどうやら大丈夫だったらしいです。

・ついてくる人2

連休中に数本しかない電車の1本が工事で使えず、もう片方の電車を使った日で、おそらく数人でなんか悪さするグループの内の見張りみたいな黒人の子供に目をつけられてしまったらしいです。直感でひと目見たときから嫌な直感がしたものだから距離をおいて離れたけれど、ついてきたのでまた離れて柱の向こうまで移動しました。
またついてきたので、もう一つ向こうの柱まで移動して影に潜んでみる。これでまたついてきたら大当たり確定やなーとか思っていると案の定ついてきてしまいました。
こちらは柱の影に隠れていたので様子を伺っていると、気付かないでそのまま少し先まで進んであたりを見渡しながら、こんなシチュエーションで目の前で見るとは思いませんでしたが、まさかのあのジェスチャーを見ました。

OMG

ぱないアメリカン。
元に戻る道で気付いたかどうかは分からないけれど、見張りっぽい黒人の子供はそのまま元の方向へ戻って行きました。

大きい乗り換えのときにも変な感じのするのが数人降りてあたりを見てたので、うまく撒けたんかは分からないけれど結果オーライで(笑)

ついてくる人3

また別の日は後ろから「へい、兄貴もっと金持ちそうなやつにしようぜ!(英語)」みたいな会話をしながらわたしの後ろを付いてきてくる2人組の男がいる。これはあからさまやったので、学校の近くのマクドナルドから出てそのまま駅に降りて帰るつもりの道で遭遇したのだけれど、駅に向かわずにそのまま学校まで戻った。

もう直感を磨く修行にでも来たのかと。

ちなみにこのセクションのタイトルは、スクールの先生がわたしがアメリカに行く前にかけてくれた言葉です。

100%中の100%

最後の二人組はともかくとして、前の2件は正直なところ自分の直感力をフルパワーで使いました。うまく説明できないので、あくまでそういう気がするということにはなりますけれども、ともかくフルパワーはフルパワー(笑)。
100%中の100%やで。
そのせいなのか免疫力が落ちたのかけっこうな風邪を引いてしまいました。
運良くその翌日に入学してきた日本人の女の子から風邪薬をもらったんだけど、日本に居るときには風邪薬は基本的に飲むことがないから、その効き具合に驚いたのもあるのと、もしこれがなかったら学校も休んでたくらいのしんどい風邪だったから、
一期一会ェー!と思いました。ほんと色々と感謝です。
この他にも3件〜くらいか。ありますが、それは完全に英語力の無さと下調べの少なさが原因なのだけど。良い体験も幾つかあったのと割と面白い気がするので気が向いたらニューヨークの旅の話を改らめて書こうと思います。

本場のMac

MacBookじゃなくてマックダーノ(McDonald)の方ですけど、日本のハンバーガーとまったく同じ味でショックやったのを覚えてますね。

実はわたし〇〇だったんです

スピード結婚じゃないけれど、何故にスクールに入学してから3ヶ月という短い期間で留学を決めたのかというと、ちょうどこの頃に「子供も居ないし、○にたい」という想念というか気持ちにけっこう苦しんでいまして、私生活とか、食欲性欲なんか元気モリモリだったのですが、1日のうちの1時間から数時間動けなくなってたりする時もあったりして、医学的にはうつ傾向とかになるのですかね。
この正体にたどり着くのも少し時間がかかりましたが、それが結構辛いときもあったりして、そのしんどい時にスクールのG先生のとある言葉を思い出しました。

「いつ海外行くねん?(英語)」

というもので、入って3ヶ月でそんなこと言われるとは思ってませんでしたが、その印象の強さから、○ぬくらいなら海外に行ってみようぜと思った訳です。
銃はほんとに大嫌いで、飛行機も当時は大大大嫌いだったので決死の覚悟でした。一見すごいポジティブな留学に見えるようでわりとアレな理由ですね。文字通り決死の覚悟でした。

そこらあたりからは色々と吹っ切れてまた進んで行けましたど。
そんな感じですが、なんとまたそれから数年後に英会話通いによって命を救われることになるのですけれど、次回は今回にも増して不思議な内容になりますので閲覧注意です。

後半に続く。

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