THE 体験という名の英会話スクール 後半


毎日ひしひしと感じる変化

アメリカには2週間ほどの滞在でしたが、人間の環境への適応力というのはすごいもんで日に日に少しづつだけど言葉も聞き取れるようになってくるし、環境に合わせて徐々に体感でも感じるような形で発見があったり、そんな微妙な変化を感じるのも楽しみの一つでした。
例えば、とっさに出る言葉が自然に英語になって出てきたり、そしてそれに自分が自分に驚いてみたり。自然に頭を下げてしまったりといったジャパニーズなジェスチャーがでないで体を使ったり言葉でコミュニケーションをとったり、握手の週間も慣れたり、それでもやっぱり地の部分っていうのは変わらないから、海外の人とのすれ違いっていうのを感じる場面も多々あったり。それもそれで面白く。
かなり久しぶりの学生生活もそれはそれですごくいいものやけど、それよりもホームステイをおすすめしたいところで、現地の生活を体感できるし、その違う環境の中で外国語で話たり行動したり、他にも自然と体感で色々と気付くところも多いところなどなど。
もし行くなら1ヶ月くらいがいいのかなと思ったりもしたりします。もし行ける環境ならばやけど。
2週間という期間って油断というのもまだ発生しないくらいのちょうどいい時期なんかな。油断大敵というしね。あともちろん年齢はいくつでもいいと思います!
これは英語が出来る人にはもしかしたら分からないかもしれないけれども、日本に帰ってからも英語の勉強を続けていく中で日に日に感覚も変わってくるというか戻っていくというのが正しいのか、日に日に英語が聞き取りづらくなってくるのをマジマジと感じる悲しさよ。
なんだかんだ言っても2週間という短い期間なので、基本的な英語レベルはそれほど変わっていないだろうから、単純に脳みそが日本語の環境にまた適応してって、物事の捉え方なんか変わってるだけなんやろうね
少し違った環境のたとえにはなるけれど、よくJリーガーなんかでレベルの高い海外の環境でプレイして〜なんとかかんとか〜、とか言っていたりしますが、スポーツなんかは特に環境による脳みその働きの変化とかそこに居ることというのすごく重要なんでしょうね。
英会話も勉強ではなくスポーツだと言われるし、似通ったところはあるのでしょうね。
以降は不思議な話も混じってくるので苦手な方はご注意ください。

そしてなぜかの引きこもり

引きこもりと言っても仕事は普通にしてますからあくまで英会話スクールに限ってのことですが。ニューヨークから帰ってしばらく経ってからだいたい半年ほどスクールに通わなくなってしました(笑)。スクールの受講はポイント式だからどんどんポイントは溜まっていくだけなので、それは良かったのだけどもね。
理由を思い出そうとしても全く思い出せないのだが。何故かね。いろいろあってなにかと疲弊したのですかね。まったくの謎でしたが、なんでかね。

平和な1年かと思いきや

英会話スクールに対しての引きこもり開始から半年ほど経過して、受講ポイントもかなり溜まっており。なにかしらは忘れたけど、なにかしらのきっかけがあったのかまたスクール通いは再開しまして、そこからはまたガッツリモードで順調に過ごしてました。それでも自分なりに色々と試行錯誤しながら、時には先生とのマンツーマンにしてみたり、時には他の生徒と受けるグループレッスンにしてみたり、また別の店舗に行ってみたり。
その頃はまだなんやかんやと楽しみながら続けてた気がします。
いつ頃からになるのかはスッカリ忘れてしまってますが、また小さな小さな変化が自分の中で起きていたらしく。はじまりは英会話とは関係ないと思うけれど、初期の頃はなぜか急に「かなしい」くなるのね。
細かい部分もみると他の感情もあったにはあって、基本的にネガティブな感情やけれど、特に強いのがその「かなしい」でした。ただ悲しくなる時期にもが存在していて、気付いたときに「あれ、またこの感じやな」みたいな感じで、それでまた気付いたら無くなっていて、その頃は不規則な仕事だったから多分その影響かなあくらいに思っていて、あまりにも波の繰り返しは続くから職場のまわりの皆もこういう現象が起きたりなるのかなと聞いてみようか?というのも喉元くらいまで来ていましたが、以前あったような「○にたい」と思うくらいのきつい感覚にはもうならなかったのと、波が引くように時間が経てばスッカリなくなってしまうものだから、とくに聞かず仕舞いになったのね。

じわじわとくる変化

どれくらいの期間を経てかはまったく分からないけれど、だんだんとこの「かなしい」気持ちにも変化というか、「かなしみ」の輪郭がハッキリとしてきました。
何回も続くとこんな体験でも人は学習していくみたいで、普通は悲しくなるときというのは、映画を見ただとか本を読んだとか、はたまた何か思い出してとか、〇〇があって悲しくなった、とか〇〇を読んで悲しくなったとか、なにかしらのトリガーがある訳なのですけれど。この「かなしい」感じがいきなりになんです。
やっぱり気にあるうつ病やけど、もちろんうつ病に関してのサーチは色々としましたが、なんか当てはまることもなく症状的にもなにもなく。ただかなしいっていう感情がそこある。
かといって、たぶんだけれど悪いものに取り憑かれてたりとかでもないと思う。分からんけどね。
それでも確かにわたしの中にかなしいという気持ちもあるってことは感じれるもんやから、わたしからしたら「なんだこれは」という状況でした。それである日ハッと気付いたんですが
これは自分の感情とちゃうな
というのが結論でした。

例えるなら白い紙に文字で「かなしみ」って書いてそれを眺めてる感じに近くて、それが自分の胸のところにあるんです。
何を言っているのか分からんぜと思われそうだけども、書いてるこのままのことが起きていて、今でこそなんかしらのそんな不思議体験な話をかじったりして、似たような経験してる人たちもおるということも知った。
でも当時はそんな知識はまったく持ち合わせてもないし、経験もないしで、なんかすごい力に目覚めたんかと思いました。
はい。

まわりに漂ってるかなしい気持ちとか、何かをキャッチできるようになったとか、たまたま波長があったとかでとか、そんな風に思ってましたね。拾えるのが悲しみだけってのがなんかすごいつらいですけど。。。
それでそれにもだんだんと慣れてしまって、慣れるんかーい、とも思いますけど、慣れるもんで、最初の方こそ自分も悲しくなってましたがいつしか「また来たな」みたいに感じてました。

ラブレターフロム カナダ

そんな悲しみの波は定期的に数ヶ月単位とか月一とかで来てたような気がしますが、英会話のスクールの方も順調で英語力もじわじわときっちりと育ってました。
TOEICも100点くらい上がったんですねー(それでも低いけどね笑)。
それでまた留学計画を考えます。今度は勉強に比重を置こうということで比較的安全な国で、ゆっくり勉強ができるカナダのトロントにしました。今回も余裕を持って半年ちょい前くらいには予定を決めてました。
それが後の奇跡になります。

壊れちった

悲しみの波も相変わらずちょいちょい来てたもののそれほど気にしてなかったです。それからまたいつからか忘れたけれどもだんだんと不眠ぎみになっていて、それが知らず知らずに体に何かが蓄積されていたみたいで、身バレするのは困るので詳細は省きますが、体の一部で支障を起こしてしまいました。
一般的にはこの病気の症状というのは片側だけに出るらしいのですがそれでも即座の治療が必要で、わたしのケースは両側に別々の症状が出ていて、これはあかんと思って即時で2件ほど病院へ通ってひとまずの治療はできました。

良すぎたタイミング

当時の職場の持ち場というか担当は急な休みを取りづらいというか、ぶっちゃけ取れないのですが、およそ半年前のタイミングで長期休暇を取っていたのが幸いしました。
言うてもさすがに病気だと休めたと思いますが、まわりにかける迷惑度とかがちゃいますやん。

カナダ行きもあかんかなと思っていましたが、医者に渡航の確認をしたところOKだったので、あとは入国時とホストファミリーと会ったときのために「これは見た目は変わってるけど薬なのですよ。」ということと、「わたしはこの変な薬を毎食後に飲まないといけないのです。えへへ。」というフレーズを抜かりないようにたくさん練習したのを覚えてます。

快適すぎたカナダ

こういうのをサナトリウムというのかな。
タイミングの良さもさることながら、環境も良すぎたのでした。まず第一に、ノンストレスな学生生活ということ、今回は英語もそれなりに慣れていたということ、ステイ先が日本文化を好きなカナダ人の大学生だったこと、パソコンも使わないっていうこと、病気の症状は日によってはそれなりにきつかったですが、当時のわたしにとってはこれ以上ないほどにリフレッシュの時間なのでした。

ただ現地のSIMカードがバグってカスタマーセンター(英語)に問い合わせざるを得なくなったり、帰りのタクシーが来なくてタクシー会社(英語)に電話せざるを得なくなったり、学校でなんかしらの予約がちゃんと出来てなかったとか、今回もそんな素敵なイベントにも出会いました。どうもありがとうございます。

(´-`).。oO(英語の勉強をしに行ってるのに、英語で対応しないといけないのを億劫に思うこの矛盾よ。。。)
ここだけの話、アメリカンよりカナディアンの方がざっくりなのなって思いましたが。でもこういう大らかさが良かったのだろうね。
あとね。これはもしかしたら土地によりけりかもしれませんが、ちょっとした時に使う言葉がアメリカの場合は大抵、「Excuse me」だったのに対して、カナダってかなり「Sorry」でした。そういう風潮というか文化が日本と似ているように感じた要因かもしれなくて。もし渡航先の参考とかあればこの辺り調べてみるとなにか面白い発見もあるかもしれません。
タイミングというと前回のアメリカもやけれども、今回のこのタイミングもまた何か不思議めいたものを感じたし、今回の留学もお陰さまで良き旅でした。

悲しみの果てに

長期休暇を経て症状もある程度まで回復できたけれども、症状はまだ普通にありましてっていうか今でもありまして、なんだけどね。とにかくあれよりひどくならなかったということがこの長期休暇によるところが非常に多くて今回も感謝です。
ところであのかなしみの波ですが、カナダから帰って数ヶ月した頃とおもうけど、そのくらいから感じなくなってました。波長があってたなにかがもう悲しくなくなったのか、落ち着いたのか。それだと良いですね。
かなしみはもう感じなくなってたけど、また別のものを感じたりするようになってたから、自分の感度が上がったとかね。
だいたいそのくらいの時期から色々な人に会いに行ったりしていて、詳細は省きますが英会話スクールは続けてた方が良さげやったので、またなんやかんやとモチベーションを保つ試行錯誤をしながら英会話は続けることにしました。

というわけで

そんなこんなで、だいたい3年がきたところで不思議体験だらけだった英会話スクールも辞めることにしました。
あれ以来もうかなしみの波もなければネガティブ系の波が来るってこともなく、同じ感じ方に限定すれば良い感じのものが大半になったように感じます。
この3年、英語力を養ったのか直感力を養ったのか、なんともわかりませんけれども。不思議なことはスクールの他でもありましたが結局は英語スクール絡みがすごく多かったのでこういう感じでざっくりまとめてみました。
もっと語りたいですが未熟者なのでこんな感じですみません。
もし通ってなかったらと思うとゾッとするね。
ここ最近は気付かない間に助けてくれている見えない存在に感謝しようということで、不思議な話を色々と書いていってます。良かったらこちらも読んでみてください。
ではまた会う日まで。

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