なぜ言葉が必要なのか

ども、たけけんです。

ずっと昔から理想に思ってたことの一つに、世界が、もっと人間とか生き物同士で言葉とか使わなくても意思疎通ができたり、もっと分かり合えるような世界だったらいいなと思ってました。

それは素敵なことだとは今でも思っているけれど。

すこし話が逸れるけれど、例えば法律なんかでもハッキリ言うてまったく万能ではないわけです。人間じたいが未熟であり、そんな人間が作ったものなのでもちろん不完全なわけで。

ゆえに相手が聞きたくない声も届いてしまったりするわけで。
何でもかんでも届いてしまうわけで。
多分、それでいてもちゃんと分かり合えるってことは、100%で、完全に意識を共有しているとか、信頼しあっている、思い合っている、場合だけなんじゃないだろうか。

共有したい人とだけならそれはいいかもしれないけれど、全ての人達でとなるとたとえばTwitterとかFacebookですらブロック機能がありますから、よく考えるとさ。
思考とか意識となるとそれはもうカオスです。
じゃないと誤解が起きるし、争いが起こる。
そんなのは分離している世界だと不可能に近いじゃないかと。

それを知った時に今まで自分が理想に思ってたことや、考えていたこと、やりたかったことっていったい何なんだろうかと、思ったわけです。

つづく。

 

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